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オーディンスフィア感想

そんなわけで感想。
ネタバレあり。







物語は物語の中でのみ語られる。
アリスという名前は読者という立場の名前だ。
彼女が読む本は過去に起きたものとされるが、実際に「物語」が起きているのは現在である。彼女が物語を読んでいる間にのみ物語というシステムは作動しているのだ。僕たちは彼女と共にそんな物語の世界に入り込む。
しかし、僕たちの立場は彼女のそれとは違う。僕たちはゲームをロールすることで物語を描く側なのである、ドジスン先生という訳だ。
アリスが読むと同時に(同時進行で)僕たちは物語を本に書き記しているのだ(書くというよりは、木陰の下、アリスにお話しを語っている所を想像してもらいたい)。
最後にアリスはこの物語の世界でおきる終焉に涙する。
僕たちは聞いたはずだ、あの願いを。
そうアリスも持っていたのである想像の種を。
思いのチカラをコインにかえて。僕たちと物語を紡いでいく。

カーテンコールは本当の意味での幕引きである。
僕たちはコントローラーを渡すことにより、この物語における役割を終える。コントローラーの代わりに受け取るコインは僕たちにたくさんの言葉をくれた。ここでそれを広げるのは野暮ってものだろう。


…………


すげえポエマーっぷり。まあこういうの好きなんだけどね。
つか本の所有者の爺さんが姿を見せないのは、爺さんが作者っていうミスリードをおこさせるためのブラフか、現在で語られている物語を過去とリンクさせるための「老人=過去」つう暗喩なのか。
最後のコインは本に埋め込まれたコインだと解釈すると時間的におかしいと(カーテンコールは全ての後という考えのうえで)思われるが、カーテンコール自体、枠外のものであり、プレイヤーがメタ存在(物語とそれを読むアリスを見ることができる)として物語に介入している以上、そこはさほど重要ではないと思われ。
後、カーテンコールが枠外ではなく物語内で流れる時間上に存在する(つまりは終焉前)にあるってのも僕はないと思う。終焉前に物語を書くという行為(ゲームをプレイする)を終えるわけにはいかない。



久々にコンシューマーのゲームにはまらしてもらった。
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